大島を描いた画家の画家作品・資料展A (4回ー5回)

        
第5回 清水柳太絵巻物 

     第4回 大島を描いた原画作品と観光絵葉書


           画家や文人の来島 それは大島の宝です

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大島を描いた画家作品・資料展
第5回)

 

伊豆大島の風景・風俗を描いた画家

「 清水柳太 絵巻展 」

平成25年椿まつり期間中(1月27日から3月24日まで)

伊豆大島木村五郎・農民美術資料館(藤井工房併設)にて

  10時から18時まで 木曜日休館日  рO4992−2−1628

 

 昭和8年頃に大島に来て障子紙に「大島の風景」を筆で描いた絵巻物です。

国会図書館・大島町郷土資料館・大島の旅館・農民美術資料館が一点ずつ、大島の郷土史研究家が2点所蔵、これまでに合計で6点確認できました。大島でこの画家について生没年・経歴などほとんど分かっていることはありません。日本橋白木屋で行った小品展の目録を入手しましたので、ページの最後に掲載してあります

この企画展を機にいろいろな情報が入手できると良いのですが・・

 

  島の娘たちが椿の実を採って 天日に干しています
 

  干した実を人力で搾って蒸しています
 
 

 絵巻にはこんな感じで文字が書かれています、この光景を画家が丁寧にスケッチして再現した絵巻です。

 絵巻の中身は 「アンコと御神火の三原山」と「大島風俗」 の2種類です。

                           文中の□は判読不明な文字を表します

 

【 アンコと御神火の三原山 秋の夜のつれづれに戯画を障子張替の用紙に・・  柳太 】

 

島の名物、椿と乳牛に豚 島のアンコ(娘)はよく働く 紺飛白の着物に白足袋キャハン

薪、水桶を頭に載せて、七・八才の女児に至るまで 草刈 浜がえり 肥料まで載せて

元村・海辺にただ一カ所ある井戸水(□味多)運び 危い、草刈鎌も添えて

おバアー(老婆)の頭の手拭 黒地染、白模様染抜き アンコの尻の偉大さ・・・アンコの材木運び

島に一人の芸妓 身元を洗へば東京生まれ アンコ姿で金歯をチラリ 島ぶし 踊り唄う方 おバアー手拍

子三味は優る

朝凪の海上、乗って来た菊丸 島を離れて下田港へ・・

島の食堂で朝飯を喫べる 朗らかなる島の気分に浸る 登山客ゆく 驢馬遅々として歩む 日はいつも永い

 

登山記念の枝をお買いなさいよ。登山客目的の記念写真師の一隊 登山客月毎に増加

登山かけ足、青年団・在郷軍人・中学生の健脚 勇状なる軍歌は起る

相州の大山さまのお参道よりほねですね

いや なかなかの嶮崕じゃ わしの兵児帯につかまりなさい! 早くお出でなさい。頂上は見えて来ました

痛いわけだ 君 血豆が・・女学生連中にまけるぞ

お茶一杯いかが、島ぶしも無料で唄ひます

わたしゃ大島御神火そだち胸に烟はたえはせぬ

アレが元村の浜 その先の丘、昔鎮西八郎為朝が居た所

これより御神火茶屋十五丁 頂上にサイダーを運ぶ 急坂の砂山道終 馬も汗かく馬上の人 小杖で顎をす

くわれ 雑木の葉 眼を拂ふ

ヨイショこらしょ、ヨイショこらしょ苦しいだろうから背負ってやろうか・・ 夫婦情あり

三原山 外輪山 山頂では永水、サイダー売切れの大繁昌 

砂漠横断・ここに駱駝、いたる所焼岩あり 島の人気もの駱駝客を乗せて悠々と緩たる歩み

内輪山噴火口に至る 御神火は焔々として天に□す

御神火茶屋にも水筒一杯の値五銭 井戸水の無い大島の町にも浴場あり 但し湯の量はこしまで

元村二軒の浴料五銭 差木地村二軒の浴料三銭 浴場あるときは軒先に白旗を掲ぐ

元村、各旅館、牛乳風呂あり肌あたり 極て良し

とにかく牛乳風呂に浸る 豪勢さ・・

雨水で酒・醤油を醸造 島自慢の地酒原始的な三原山の湯場むし風呂女気のない男世帯

噴火口続の洞穴 蒸気噴出応用のむし風呂 熱度は南西風の筵最も高い 六個村共有

漆のやうな真黒のアンコの髪 その髪洗もわづかに 洗面器一杯の水

 

波浮の港 小唄や映画におなじみの情緒の港 夕闇迫る頃 物凄い

帰航菊丸船上よりの景物、鯨の潮ふき

 

【 大島風俗  柳太 】

アンコの歌 長閑 小島の朝は明け初める

碧空に照り栄ゆる椿の葉の翠花の紅繍眼鶏のさえずり 遠く緑波□響って冬は未たれども冬を知らず常春の

地 詩の島旅情裕ふにして帰るを忘る

昭和八年二月 柳太写

 

椿の実を採乍がら(九月だろ)アンコたちは朗らかな聲で唄ふ つつじ椿はみ山を照らす殿のみふねは灘照らす

私しゃ大島御神火育ち 胸に煙はたえやせぬ

 

野増村椿油製油所にて 椿の実を陽に(七日間)干す

岡田村白井氏椿油絞り場にて 椿油製油に手絞りの旧式と新式の機械(電力応用)絞りの両ツあれども雅味

に富む手絞りを写す 松材の搗臼椿の実約七升入り 実を蒸釜に入れる 篩に糟を ほごす

搗いた実を筵にかける 岡田村所見 撞木 矢締め油絞り器使用 岡田村白井氏 差木地村向山氏 中村氏

藤田氏 同字クダッチ谷口氏

オイショ オイショ キリン締絞り器 差木地石田氏使用

徳川時代より日露戦後の頃迄使用の轆轤締め 椿油絞りの器具 差木地村松本氏

泉津村にて 愛児を背負って枯萱を運ぶ 波牛坂(旧道)急坂にて坂路長し 泉津旧道に於いて 

あすはお立ちか御名残惜しや西の十日も吹けば良い

石を運ぶ 岡田村にて  前掛の風除で筵をかつぐ 元村  野菜と肥料桶を抱えて畑稼ぎから 元村

タオルの頭巾で籠を腰に 元村  半手甲に薪と肥料桶を岡持ちまで頭に載せて 元村

旅宿の前に登山客をまつ驢馬とアンコ 朝の元村

西風の吹くときは風よけのため前掛を頭からかぶる

風の吹くときは一寸頭に前掛のせて 頭上に薪、背には枯萱前掛のかぜ除けかむって 野増村

胴抜をつけてアンコは活躍  枯葉を運ぶ牛を労役に使う 野増村  

オバアー(老婆)の畑かえり 野増の夕

タオルを襟巻 前掛の肩かけかけて山稼ぎ 元村所見

杉丸太をかつぐアンコの頭の頑健さ 野増村

薪を背負網で 差木地村のアンコ アンコは縄を□ふ 差木地村 野増村字間伏

波浮港村は新開地、故 土着の人皆無、村に労働する婦女は神津島の女衆多数

波浮港山腹、波浮山上 椿のトンネル前炭焼小屋神津島の女衆

波浮の肥料かつぎ □縄で桶を吊るさずして青竹でつる 波浮山上所見

老椿の根元に素焼の空壜をつけて雨樋から雨水を引入れて飲料水にする 野増村にて

樹幹に藁の編んだものを藤蔓で結びつけて雨滴を桶にためて飲料水にする 岡田燈台道にて

天水(雨水)井戸又はタンクは各村にある 差木地村所見

差木地村村営貯水槽村内二個所設置 水源地余川(三原山)村より一里 大タンク一ケ所 大小タンク二個

波浮港村 山腹に清水湧出 岡田村貯水場二ケ所 野増井戸一カ所 元村井戸二ケ所 泉津村 水に恵まる

海岸一ケ所 発電所前一ケ所 海岸旅亭、新道海岸に瀧二カ所 

飲料水運搬の桶と背負子 野増村阿わい茶屋にて

丘の上自動車道 丘の中腹貯水場ある 岡田村所見



【 清水柳太 帝都水のスケッチ小品展目録 昭和十年七月二十九日から日本橋白木屋にて 】 

   
 杉浦非水

 種々の意味に於いて私達が多大の関心を持つ東京府下の活火島。忌わしき御神火の誘惑を別にして、人情美を具備した愛しき処女島の忠実なる紹介者。大島絵巻に表れた画家清水君の積年のほほえましき画業を私は忘れない。・・・・

 賛助芳名(順序不同)

 中澤弘光 杉浦非水 岡野栄 太田三郎 三宅克己

 辻永 跡見泰 小林鐘吉
 

この小品展には「矢切渡場附近」など55点の作品に加え「番外として」伊豆大島作品7点を出品しています。

     表紙絵は ≪流線型橘丸≫ 

「番外として」

 大島風俗絵巻

 三原山

 朝の元村(一)

 朝の元村(一)

 差木地村にて

 雨の差木地

 冬のアンコ   を出品


       
       大島を描いた画家作品・資料展
第4回)

 
木村五郎研究会は大島を訪れた画家130人の作品図録350点を資料収集し、明治の後期から個性あふれる画家や無名の画学生などが来島したことを知りました。彼らは小さな船に揺られて大島に何故来たのか、その大島に何があったのか、大島で画家は何を描いたのか、大島が画家に何を与えることができたのでしょうか。

多くの画家の作品と足跡を見比べることで幾つかの疑問が解決できるのではないでしょうか。
画家たちを迎えた島人の目線で「画家と大島」の繋がりを分析してみたいと思います。                             【木村五郎研究会】
          

        大島を描いた原画作品と観光絵葉書

日時 24年9月17日―10月14日 10時から18時まで

        会場 大島木村五郎・農民美術資料館(藤井工房)    рO4992−2−1628

        カラスは細木原青起 牛は服部亮英  あんこ姿は前川千帆の筆
 
 展示作品(作家名と作品名【原画】を太字で表示
) 
 ・伊東深水「 大島十二景より 春の海・黎明・雨後・風の夕 」 
                           (昭和11年から12年)

大正2年頃(18才)から昭和14年まで大島に通って絵を描いた  昭和12年には「郷土会」の写生旅行で来島、日本橋白木屋で開催された「島巡遊絵画展覧会」に川瀬巴水「べんてん堂」・笠松紫浪「燈台」「御神火」・横尾芳月「島の朝」「島の夕」・山川秀峰「紅椿」「乙女」・千島華洋「大島浅香」・武藤嘉門「椿道」・山田喜作「秋の海」・門井掬水「椿の島」・伊東深水は「早春の朝」を出品、岩田専太郎や志村立美も同行小早川清は竹芝で見送る

 ・川瀬巴水「波浮之港」昭和12年  郷土会のメンバー、日記に大島旅行のことを書いている
 ・志村立美「大島のアンコ」スケッチ(昭和12年) 郷土会のメンバー 美人画・挿絵で活躍
 ・久里四郎「森口ツネの肖像」明治36年                
   志賀直哉と同級、里見とん・谷崎潤一郎らと交流              美術学校生     の頃に来島、「画家の平井武雄と久里四郎が泉津で絵を描いている」という文章を読んだこ     とがある
 ・池島清(慶春)「初夏」昭和7年頃  元町「柳川館」に長逗留して島の日常風景を描く       昭和6年10月「伊豆七島・大島風景」個展 
   昭和9年4月「伊豆七島油絵小品展」を下田範次と開く       
   昭和11年6月、新制作派協会を設立することになる面々(
猪熊弦一郎・脇田和・中西利雄     ・内田巌・栢森義・佐藤啓・三田康・笹鹿彪を池島と下田が案内して来島 各島を行脚      して「島の洋画展覧会」を伊勢丹で開催
 ・下田範次「島の春」昭和9年頃「伊豆七島油絵小品展」出品作と思われる
 ・笹鹿彪「大島元村」昭和4年
 ・漫画家ご一行 前川千帆・池部鈞・池田永一治・水島爾保布・細木原青起・服部亮英「大島記  念」昭和5年 「大島漫画行」
 ・鶴田吾郎「サシキジ」昭和15年   あんこと牛」大正5年 「大島の海」「差木地」「伊     豆大島の女」「大島の娘」などの素描が都内の美術館にある
 ・中村善策「椿のトンネル」昭和11年 美術雑誌に「大島の宿」寄稿 大島の道」昭和12年     中村善策・硲伊之助・田崎広助・松本弘二らが描いた「大島画帖」 松本弘二は「大島元村     にて」昭和28年 「大島三原山」(大島町に寄贈・開発センター2階に展示中)
 ・前田政雄「大島のアンコ」昭和12年
 ・永田米太郎「大島の風景・風俗木版画」                            大島観光ホテル勤務、島の風習に興味を持ち岡田の白井潮路氏に学ぶ、版画で大島の風景・     風習をまとめ、版画を挿絵にした「大島」を執筆
 ・清水柳太「大島風俗」「アンコと御神火の三原山」絵巻 昭和8年頃 これまでに5本の絵巻    を確認、経歴は不詳 昭和12年紀行記「椿咲く大島の村々」執筆 
 ・中出那智子「伊豆大島風景」大島生まれの洋画家
 ・高田鉄蔵 油絵「岩と波」 写真・木版画・仏像彫刻と多彩
 
 絵葉書
 ・奥山儀八郎「大島風景版画」   ・石川美峰「伊豆大嶋はんがアンコ三姿」
 ・石井了介「大島版画絵葉書」昭和12年   ・藤井重丸「大島風景」
 ・小早川清「大島あんこ絵葉書」 
 ・石井柏亭・矢澤弦月 大島絵葉書
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                      藤井工房
               所在地 東京都大島町元町2−1−5     
               電話・FAX 04992−2−1628         
               入館無料 休館日は毎週水・木曜日

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